新潟県中越地震/生還論が事例に触れる

 今日は前置きなしです。新潟の地震は今でも続いています。小学校の亀裂、道路が切断され、車が持ち上げられてしまいました。液状化が原因と東大名誉教授が話していました。

液状化というのは大きな振動により、土中の間隙の水分が分離してしまう状態を指します。学部時代に見たビデオには実験の様子が克明に記録されていました。

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水槽に大目の水分を含んだ土をため、その上に家の模型を置きます。

横から衝撃を加えると、間隙の水分が上部に浮いてきて、同時に模型の家がずぶずぶといとも簡単に沈んでいった・・・。最初は固定されていた家なのに、です。

模型というのは、実は現実を非常によく映し出すものです。特に、巨大構造物(ダム、橋梁、高層ビルなど)の問題点を解決する際に、教授たちはモデルケースとしてよく模型をもとにこうしたらどうか、ああしたらどうかと策を練っていたものです。

液状化は脅威です。阪神大震災でも神戸のポートアイランドで以前の新潟地震同様の移動が事例として記録に残っています。


 

私が所属した研究室は液状化を専門とした研究では精力的に活動を行っていた。学部時代、新潟での学会の報告会に参加したことがある。当時事例研究を卒論のテーマに選んでいた私は、現地の亀裂の後を目の当たりにすることとなった。新潟地震における事例では、3~15メートルも地盤が動いたという記録が残っている。それはこの目で見て納得し、驚いた記憶を思い出した・・・。数値にすると一言で終わってしまう15メートルという長さと脅威。家がこれだけ動いたとしたら、想像してみて欲しい。今地震が起こっているのは、まさにその新潟なのである。

新潟の人達は不安だろう。それは、想像でははかり知れない。

残念ながら、液状化の予測は難しい。(10年前・当時)別業界へ進む私に研究室の先生は何度も思い直せと説得を試みたが、私は全く動かなかった。最後は
「まあ、おまえの進む道もまた後進育成として、意義がある仕事だろう。」
と言ってくださった。それが本心でないとは思いながらも、すがすがしく送り出そうとしてくれた先生に感謝した。

先生は多くの人にとっての脅威と闘っている。お元気だろうか。

当時の土木工学は名前を変えた。環境工学となったらしい。今では進学先は多方面に分散しているらしい。
地震専門に進む人はどれだけいるのだろうか。当時でも10名程度である。

地震大国日本に住んでいるのだということを今更ながら思い出した。地球規模の工学であるということから、地震の予知はかなり難しい。トップレベルの頭脳を集約させないと解決できる問題ではないと、当時も今も思っているが、今はどうなんだろうか・・・。

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生還論 ・戦術編

  前回の戦術編・序章に続く本編です。


・・・・・・前回のお話・・・・・・・

 彼はお金を払ってまで本気なところを見せてくれたから、おそらくは本気でなんとかしたいと思ったのでしょう。ですから他の読書はせず、その1冊だけに集中しているはず。しかも彼の休日をはさんで、3日以上経過しているというこの現象について様々な問題点が思いつき、気になってしまったのです。

 一つは読書スピード。
 次に読み方。
 彼いわく、いつもだと途中でやめちゃうんですけど、この本はいいですね。(読みやすい、ということのようです。)
 と言っていたくらいだから、気になったわけです。

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 そしてもうひとつ。

 読書できる体制を作り出せていないのではないか。

 とすぐに予測できました。そこで翌日聞いてみました。

 するとやはりそうでした。言い訳じみた理由がいくつか出てきました。

 「彼女といっしょにいたの?」

 と聞くとそうだと言う。彼は私の言いたいことを察したのか

 「実は友達の結婚式があって・・・(以下省略)」

 こういう人はたくさんいますから、今となっては呆れるなんてことはしません。

 「やっぱりな。」と思いながら

 「私が君の状況ならば、行かない。」

 と言いました。

 慶弔ごとを軽んじているわけではありません。ただし、お祝い事と弔い事のどちらかと聞かれたら、私は弔い事を優先します。お祝いは後でもできます。自分一人でも祝ってあげることは後からでもできます。お祝い事だから、相手は幸せです。しかし、弔い事の時は、つらい人がいます。お世話になった人に会えるのはこれが最後です。

 更に大きな原因は、本人からコミットメントを聞き出していなかったこと。今度は本気だろうという私の一方的な期待
感が招いた、当然の結果。判断ミスというよりは私の怠惰。

 甘いのは私でした。

 彼が他人で、関係がない人であったら私は情報を提供してそれでおしまいにしてもよいと思っていますが、
この場合においてはそうではありませんでした。

 物事を進めるにあたっての基本。最後に確認しなければいけないこと、それを相手に言わせる。このコミットメントを取り付けないで失敗した経験は何度もありながら、自分だけでけりをつけてしまったわけです。
  
 そして問題はまだ解決していません。

 予測はあたりました。原因もはっきりしています。

 私が

 「二兎を追うものは一途をも得ず」
 
 と言い、彼は痛かったと思います。

 「・・・というけれど追ってしまっていいんだよ。やりたいことが十個あったら無理、ということはない。ただし、百個あ  ったら同時には無理かもしれない。自分は何個まで大丈夫か考えて、無理だと思ったときは捨てるんだよ。
 何をしたいかだけじゃなくて何を捨てるか、が意外と重要なんだよ。」

 T君、ちょっと復活したので、

 「ところで、読み始めたのはいつだっけ?」

 「先週の○曜日くらいです。」

 「それから何日くらいたった?」

 「もう1週間くらいたちます。」

 「あと何ページくらい残ってんの?」

 「4分の一くらいです。」

 「いつまでだったら読み終る?」

 「えーと、来週の月曜日までには・・・。遅いですか。」

 「遅すぎるね。」

 ここで先日の心理学の専門家の読書量が月に二桁であるということを伝え、

 「ということは週に何冊のペース?」

 と尋ねました。3(冊)×4(週)で最低でも12冊というペースであることが彼にもわかりました。

 これだけの本を読む人は本当に少ないようです。月に20冊となるともっと減ります。たしか10%いない、と読んだ

ことがあります。ということはこれだけの量を読めばマイナスが取り戻せるという話しをしました。 

 それまで0から1冊というペースだった彼にいきなりそうしろと言っても逆効果なのでそれは求めません。

 まずは週に1冊、月に4冊を読んでもらうカリキュラムをこなしてもらう予定なのです。

 最後は

 「確認だけど、いつまでに終る?」

 「今日、明日で読んで、(レポートは)あさって出します。」

 というコミットメントを彼から引き出すことができました。


次回の生還論・戦術編では
読書スピードの問題を取りあげたいと思っています。


 ■今回得た教訓■
 :お金を払っても、色々な理由をつけて先延ばしするものだ。
 :コミットメントの獲得は必須。

 ■生還するための戦術■
 :できないなら外にでかけない。
 :まずは読書量を具体的な数値で捉える。比較相対的に捉える。
 :習慣づけるためには1週間のペースを決める。
 :人に宣言(コミット)する。


 ■本当の問題点■
 :本気で生還したいと思っているかどうか。

 (私の経験上、一度叩き落とされたほうが結果として良いのですが。今では危機感が明らかに違いますから。)


 

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生還論ー号外ー

 徐々にアクセスが増えているようです。読者の皆様、ありがとうございます。

 このブログという「しろもの」、やはり誰かが読んでいてくれていると思えばこそ、

たとえバッテリーが切れて大雨が降っていようが、

車に水溜りの水をかけられようが、

おかまいなし。

 バッテリーを取りに仕事場まで戻ることもできたのは頭にちらつく読者の影。

「何さぼってんだよー。書けよ。書くんだよ。書けったら書くの!」

同時に

「お書きなさい。」という声まで、頭には不特定多数の声しきり。


「みなさん、待っててね。」


とひとり走れメロス状態。

(本当は、「なろー、待ってろよ。見てろー。あっと言わせてやるからな。」・・・と言ったかどうかは皆さんのご想像にお

任せします。)

やはり、人の励ましは強いですね。メールをくれたり、電話で

「読みましたよ!」

と言っていただけると本当に嬉しいものがあります。
 
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最近、心理学の研究所に勤めていた方と面接する機会があり、ついつい色々なことを聞きだしてしまいました。

面接していて楽しい(役得)のは、相手の話しをうまく引き出せたときに出てくるその人の「専門分野」の話し。

 心理学といってもジャンルが広いそうです。大きく分けて

 実験系と臨床系

 に分かれるそうです。ちなみにこの人の専門は精神薬理学というそうです。クリックしないマウスになにがしかを

チューニューして、脳にどういった影響があるかを調べるのだそうです。

 ちなみに最近かじり始めたコーチングやNLP(神経言語プログラム)などは

 認知心理学

 というくくりに入るようです。

 以下、メモしていたキーワードだけを書き出しますと、

 サイコツールボックス
 MRI
 マット・ラブ
 オリバー・サックス

 ・・・・以上です。私は三歩歩くと忘れてしまうにわとりと呼ばれたこと度々。今見返しても何のことかさっぱりわかり

 ません。


「術語の点を多くうつ。」


 大学時代、構造系の先生がよくおっしゃっていた言葉です。

今はできるだけ多くの点をうっておきなさい、今は点であっても、やがて点と点が結ばれて線になる。

 繰り返し、繰り返し、おっしゃっていました。今でもよく思い出します。

 まずは点をうつ。うってうってうちまくる。

 特に20代の前半まではそうすべきなのでしょう。

 私は先生の期待する分野での点はあまりうちませんでしたが。

 しかしながら、よく

 「大学時代は何をやってた?」と聞かれると

 「勉強してた。」

 と答えるようにしています。

 そのあと小声で

 
    「別の。」

 


 ・・・・というのは冗談とさせていただいて、私も理系学生の端くれだったもので、週に100~200枚のレポートなど

ざら、成人式なぞ課題を抱えて、他人事でした。

  (それでも友人がNYへ旅立つ日は一晩中皆と一緒にいましたけれど。)


 理系の学生さんに会うと多少同情してしまうことがありますが、それは当時の私に対する同情から感情移入してし

まうのでしょう。しかしながら共有できるものがあるということ。これは私にとっては財産となっています。

 もしこれをお読みになっているあなたがレポートを抱えた学生さんでしたら、頑張ってくださいね。

 このあと、すぐ。

 今頑張っていることは、遅くとも10年のうちにはきっと財産となって返ってくる。

 そう信じてみてはいかがでしょうか。


 (追伸:次回は「生還論・戦術編その1」をお送りします。 「生還論・戦術編ー序章ー」をご覧になっていない方は是非、お読みになってからお待ちください。)
 

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Okiyamaの由来

 こんばんは。明日はお世話になっている代官山の美容室に行きます。

 その後、銀座で伝説のお店を経営している友人に請われて、本屋に突撃します。お奨めの本を案内するためです。


 「Okiyama」と名づけた訳 

 このブログでは「ニックネーム」をつけなければなりませんでした。そこで思いついた名前は私の本名ではありません。実在の人の苗字です。
 下の名前を名乗るのは墓参してから、と思い、苗字だけ遣わせてもらいました。

 この方、仕事から家に戻るとまずは着物に着替え、どっかりと座椅子に腰をおろし、まずはハイライトを一服。恰幅がよく、下町住まい。一時は上野はアメ横で商売をしていたことがあり、国籍関係なく弱い人をかばったそうですがあえなく商売は廃業。当時は大手印刷会社にお勤めの会社員。仕事に行くときはさすがに洋服に着替えます。いつも三つ揃いのスーツ。サスペンダー。書は達筆、見るテレビは相撲と碁。そして何より時代劇が大好き。

 恰幅の良さも晩年は瘠せてしまいましたが、私の妹が病院へお見舞いに行ったときのことを少し。

 起き上がるのも大変ながら、すぐに愛用の櫛をとり、若干乱れた髪の毛をきっちりとなでつけ、身だしなみを整えてから妹に会ったというのです。相手に不快感を与えないことに力を振り絞った、男。
 親族ながらこの配慮に妹は慟哭の念を覚えたと、後日教えてくれました。私もかくありたいと思っています。

 (これが一つ目の「潜在的願望」です。)

 お気づきの方もいらっしゃるかもしれません。
 そうです、この方は私の祖父。
 
 歴史が好きな人で、よく本をもらいました。私が中学時代の社会科の定期テストが全て満点だったのもこの祖父の影響。(当時小学生の私に月刊「文芸春秋」もくれたのですが、難しくて読めませんでした。)

 古き良き時代の日本人。
 
 祖父はかつて近衛兵に所属しておりました。ですから靖国参拝は欠かしませんでした。
 祖父のお葬式では、もう小さくなったご老人が、霊前の前で完璧な敬礼をし、涙を噛み締めながら
 「俺もあとからいく。」
 ときっぱりおっしゃいました。私の目の前で。日本を守るために命懸けになった二人の間に流れた時間。そこにいた誰をも寄せ付けませんでした。

 「完璧な日々。」

 それ以降、たびたび口にするようになった言葉です。


 こんな人がかつてこの国にいたのだと、記録しておきたかったのです。

 そして、祖父に恥じない生き方をしようと、今は亡き祖父から名前をちょうだいすることに決めた次第です。

 

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