« 7. Oktober 2004 | トップページ | 19. Oktober 2004 »

仕事の成果は準備で8割が決まる

 80対20の法則という本があります。あまりにも有名です。だいぶ前に買って読みましたが当時はまだあまり実感としてわかなかったようです・・・。

 ところが今日はどうでしょう。
 午前中から明日に備えて部下の練習をチェック。明日は速読の説明会ですので、電話での指示・確認は最後まで行いました。各方面のチェックに回り、なお、自分の原稿をA4用紙で4枚ほど作成。練りに練ったりとはまさにこのことかもしれないなあ、と我ながら悦に入ったりしていました。今は私一人。今日も最後まで。全部署において他には誰もいません。全ては自分に降りかかってくる問題ですから、当然といえば当然。
 明日の保険も終了。

・・・・・・・・・・・・

 準備していなければ失敗するのは目に見えている。気がついていたけどやらなかった、はあってはならない。気づいていないのはなお、悪い。多くの人が100%大丈夫だというレベルまでできていない。だからこその、上司。
 各自は120%大丈夫だというレベルまでチェックすることを肝に銘ずべし、です。
 ただし、それは全て目的に向かっているかどうかの確認です。目的がはっきりしていなければ逆効果にだってなります。それを更に上司がチェックして見つけます。
 それでも尚、欠けていたことは過去幾度もありました。常に反省です。
 これらは全て創造力の欠如。

 つまりそれは120%など嘘でした、ということです。

 そんな経験ありますか?

 成功の可否は準備次第。80%は準備によるところで決まっている。これはあまりにも知られていることですから私などがとやかく言うことではないかもしれません。

   

・・・・・・・・・・・・・・

 今回は決定から2週間でこぎつけました。(こぎつけたと表現すること自体、粗さが残るような印象を与えますね・・・。)

 あとはお客様とのコラボレーション次第で決まります。こればかりは完璧な予想などできない。誰であっても無理なのです。
 
 お客様は日々変わります。その日の気分、家族の健康状態、もしかしたら天候に左右されるかもしれない。
 だからこそ、その場での咄嗟の機転がものをいいます。準備に縛られていてそれができないようでは水の泡。
 
 フットワーク軽く、立場に縛られず、要所要所に加わっていくくらいでないと、対応の厚みは増さないでしょう。

 とにもかくにも、お客様の笑顔と笑いを随所にみることができるようにアンテナを張っておき、あとはフットワーク。

 明日は4回、説明を行います。昨日も書きましたが、最初は全て私がやってきたので今回もそうしています。
 
 各回ごとに修正を加えます。1日2回ならよくやってきましたが、4回は初めてです。上述した要素により1回目より

4回目がよくなるとは限りません。満身創痍が自爆の元。

・・・・・・・・・・・・・・・


 次回は前日にはこういいたいものです。

 「もう終わったから、次行こうよ。」

 本当に言いたい一言。

 すでに2月末までのことに踏み込んではいるけれど、おもしろいことにはなっていません。

 まだ言えるようにはなっていない自分に気づきました。

  ■始めたばかりの 人気blogランキング にご協力をお願いします。
  
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

営業の基本と極意~生還論的指南

 営業の基本的姿勢は、いじられてなんぼ、けなされてなんぼ、文句を言われてなんぼです。
 文句を言ってくる人は感情がそこにあるからこそ、何かを言ってくれるわけです。うちにもいますよ。研修する立場ですから、研修を受けた人からちくりと言われることは何度もありました。それらは結構気づきにつながりました。

 付き合いたい人にだけ営業するというのは、新時代の救世主のような考え方ですが、それ以前の問題をクリアしてからにしなさい、という人が結構います。
 ある程度充分な経験をした人が次にステップアップするためなら問題ないと思いますが。
 特に若いうちは「ばっかだよなあ。」と言ってくれるくらいになっていたほうが、勉強できます。そこについつい下手なプライドが伴っていると相手にみすかされて、そのうち相手にさえしてもらえなくなります。聡明なお客様は「引き際」をふと考えてしまうものです。特に単発の方達は。

 先日ちょこっと空いた10分で夕飯を食べに外に出たところ、プラカード持って声を出しながら時計を売っていた男。こういった職種のわりに元気がまるでない。何か秘策はあるのかとしばらく眺めていたのですが、何もなさそう。売れていない様子。寂しいだろうな、心に北風が吹いているだろうなあと思ってしまうほど義務的にしか声を出していない。


  
 

 客が来ないときの心情はよくわかりますよ。新規に開いたところにぽつんと一人でいるとこういった心境になります。最初は電話もめったにならない。厳寒の早朝から一人でビラまきにいったり、ひと晩中、深夜までポスティングをしたり、休日もなく、こういうときの祈るような心境ならばまだいいのです。

「ああ、僕はこのまま世間から誰にも相手にされないんじゃないか。」

と思ったときなんてもう、最悪でした。当時はマーケティングのマの字も知らず、闇雲にやってましたから。暗中模索とはまさにあのことで、もうちょっと何とかなったはずだと今は思います。当時はこういった外営業を見せてくれる人なんて私の周りには誰もいなかったのでしょうがないから、一人でやっていたわけです。一国一城の主だな、なんて元上司に言われて持ち上げられましたが、プレッシャーのほうがはるかに大きかったことをよく覚えています。

 結果が出なければ、そこはつぶれるだけ。

 こういった脅迫観念は常にありました。

 そして更に

 そうなると僕はもう終わり。

 とさえ思っていましたから。かなり切羽詰っていました。(当然今はそんなこと考えません。)

 幸い、そうやって切り開いたところは全て継続しているし、うちの売り上げの半分以上を占めるようになりましたので
「いい経験をさせてもらった」と振り返ることができます。これは強みだと思っています。

 久しぶりのお客様だととてもうれしくてついつい話し込んでしまったことがあります。もっとも聞き役に徹しましたが。
 それが良かったようで、「ここまでしてくれるのか。」と驚かれたことも少なくありません。(少なかったらとっくにつぶれていました。)その当時は何でかわからないくらいでした。それだけ関わることができるのがうれしかったのでした。承認欲求とはまさにこのことだと、ずっと後になって知ったのですが。

「必要とされること」

以前に、

「相手にしてもらえること。」

がまず最初の関門でしたから。

 だからこそ、言えることはあるわけで、何か物足りないなあ、と思うことならまだ期待できるけれど、「ちょっと違うなあ。」と思うことがよくあります。そのときは気にしないのですが、ふと思うときがあります。私の知り合いが「違和感」と呼んでいたことをよく思い出すのですが、この違和感、もやもやとして残っているものです。こういったことをほっとくとあとでとんでもない目にあったりしますのでやっかいです。

・・・・・・・・・・・

 今は、マーケティング、つまりお客様を連れてくることあるいは来ていただくこと、の重要性もわかります。
 ブランディングも勉強中ですし。

 ただなあ。どうかと思うこともあるのですよ。自分の好きな客だけ相手をしたいという願望は誰だってもっています。 でも、それを表立って言っているような風潮が最近多いようで嫌いです。 
 一人で一から形にするまでを実行した人にしか言う資格はないのです。そうでない人は口に出すべきではない。

 ちょっときついいい方かもしれません。
 でも、あくまでも「顧客はあくまでもお客様として接する」姿勢を忘れてはならないのです。
 常に客に教わるくらいのつもりでないと。
 だからといって、子供や単なるクレーマーまでお客様扱いせよといっているわけではありませんよ。
 彼らは顧客ではありません。間接的な関わりは持っていますが。

・・・・・・・・・・・

 ■営業の極意■
 お客は、あなたがとっても大事、と王様扱いしてもらいたいもの。営業にとっては当たり前のことなのですが、それがわかっていない人に対しては何も言いません。微妙なニュアンスからつかむことだったりしますし、気づいていたらあとで手が空いたときにいくらでもフォローするはずですから。気づいていない人にはそれがありませんよね。うちの若い連中には面倒でも一生懸命言葉をつないで説明してきましたが今はぬるいです。他の人が言ってくれるのでありがたいと思うことが多いです。自分で気づき出したやつも出てきてますし。でも、ふと気を抜くと出てきてしまうのですよ。あっ、こいつ、と思うことが。まあ、仕方ないです。

 今の自分を形成しているのは10年前の自分

ですから、どうしても出てしまいます。それだけに、染み付いた習慣やペースというものはなかなかしぶといです。 

 勉強家は黙して語らず。最近反省することが多いのです。あまりにもオープンにしゃべっているのは効果的ではないなあと。当たり前ののことなのですが、気前がいいのも考えものだなあと思うようになりました。もうさんざん学習してもいいころなのに。

・・・・・・・・・・・・・・・

 それと、必ず約束を守ること。相手がどうであれ、たとえ相手が忘れていたとしてもこちらはきちんとこなすくらいのつもりでないと。それが成績に結びつかなくても、精一杯のことをさせていただく。この「させていただく」っていいなあ。自分が勉強できるのだから。
 これは、結局のところ「常にあなたのことを忘れていませんよ。」「大切ですよ。」と表明することなんだろうと思います。あくまでも表明であって、相手にとって必要かどうかは別問題ですが。
 
 勉強といえば、いつか、土下座する機会があり、やっと経験できると思った時がありました。まあ、そのときは実現しなかったので良かったのか悪かったのか何とも言えぬ心境でした。

 客に叩かれたことはありますが、まだ「裸踊り」に類するものをしたことがありません。太鼓持ちは何回もあります。割ときらいではない落とされて何ぼです。楽しんでいただければひとまず最低合格ラインでしょう。
 あるときふっと、「あっ、私が。」といって服を脱げるかどうか、その時私の真価を知ることができます。

  ■始めたばかりの 人気blogランキング にご協力をお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)