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「仕事」の定義について

「仕事」の定義を正しく理解している人はごくわずかです。私が今までに面接してきた200人以上の人達に直接聞いてきた結果、です。

 「仕事」とはなんぞや。
 こう聞かれて、相手を満足させる答えを用意している人には本当に稀にしかお目にかかれません。
 
 一番多いのが「食べるための手段」あるいは「お金を稼ぐためにすること。」といった答え。
 
 この答えは問題外です。視点がこちら側に偏っていますから。「ああ、この人は自分のことしか考えていないんだな。」と解釈されて終わりです。「ハングリーな人だな。」と思っていただけると期待したうえでこのような答えを用意しているとは思えない人ばかりでした。

 屁理屈をこねるようですが、「○○のために」という答え方は主観的な答えを誘発します。働くための動機や原動力
を聞いているわけではありませんし、別に否定しようと思っているわけではありません。それどころか
 「動機は不純なもののほうがいい。」
とさえ思うことがあります。聖人君子ではありませんから。各自がそれぞれの強い動機によって行動し、強ければ強いほど行動の速度は大きくなります。それは大いに肯定すべきでしょう。

 予期せぬ質問に対して、その本当の答えの周辺を語ってしまうこともしくは語られることはよくありますよね。
 そういった際に私は、地球の周りを飛んでいる衛星のようなものを想像してしまいます。
 (衛星は周辺を回遊するだけで、長いこと中心に行き着きませんね。)

  また、こういった回答は「目的」のための「手段」として「仕事」を捉えているだけですから。
 手段、手法、戦術、どれも必要なものです。
 (同時に一歩間違えれば危険なものとなることだってあります。)
 本来の「仕事」から離れ、勝手に一人歩きしていった先にあるものは何でしょう。
 我々はじっくりと考える必要があります。

 「仕事」の定義を述べよ。
 あるいは
 「仕事」とは何か、
 答えろ。
 さもなくばおまえの首につきたてられたこの刃が、すっぱりといくよ。

 実はこれは誇張ではありません。私の首にも、つきたてられているこの刃。
 「生還論」のイメージが少しはお伝えできたのではないでしょうか。

 いやしくもこの私がいえること。
 
 仕事は自分のためにするものではありません。
 当たり前のことでしょうが、このブログも、同じことが言えますね。

 肝心の答えは、簡単といえば簡単。
 ずばり「仕事」とは何かを言ってくれた希少な人はサービスマンとして働いてきた人が多かったようです。
 
 ・・・つづく・・・ 
 

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搾取・詐欺について

  「ビジネスとはかっぱらいです。」

 とあるメルマガで目にしたことがありました。正直衝撃的でした。

 この視点で見てみると様々な状況に対するものの見方が変わっておもしろい。

  だますか、だまされるか。だます人は頭がいい。

  喰うか、喰われるか。

  まるで交尾のあと、雌に喰われる雄のカマキリみたいですが。

  
  だまされる人に悪い人はいないといいます。
  私もそう思います。

  物が飽和しているこの時代、情報や知識などの言葉が氾濫していて、一番最初に手をつけた人がおいしいところ 
 をほとんど喰い散らかして、といった状況に。

  今は巧みに言葉を操って、あげく自己責任という(一方に)都合のいい言葉を使っている人達が増えています。

  その分、だまされている人も増えているわけです。

  「かっぱらい」=勝ち組

  みたいな構図なのでしょう。  


  本当に頭の良い人はこんなことは書きません。当然わかっていても馬鹿みたいに言いません。
  
  自分の仕掛けがばれるからです。

  (ですからこんなことを書く私は相当頭が悪いということでしょうか。)

  どちらがいい、悪いということではなく、私がどうか、

  ということは全く問題とせず、

  みなさんはどう考えるか、

  にとても興味があるのです。


  ただし、だまされているとわからなければ本人はそれで幸せだったりします。

  だまされたとわかったあとも悪い気はしないことさえあります。

  ただ、あとで気づいたときに、

  「ま、いっか。やるね、あいつも。」

  と思うことができなければ、(または思わせてあげることができなかったら)

  時に犯罪になり、時に人の心に傷を作る。

  
  あなたはだまされるほうですか?
  それとも、
  巧妙にだますほうですか?

  もし反応があれば、ホストをやっている友人について書いてみようと思います。いかが?

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営業のカイゼン策

 ある方とのメールのやり取りの中で

○わざわざ足を運んでもらって、自分のところの説明だけ一方的に投げかけて終わり、 というところはだめだと思います。何人集めてもその後の成果・本来の目的は達成されないと思います。

と書きました。あちらにとっては100名のうちの1人かもしれませんが、こちらは私一人です。

 個人対個人のお付き合い(またはそれに近い形)でおもてなしできるかどうかに因るものだと思うのです。
 そうでないと、印象は強く残りませんし、「お付き合い」終了と言った結果だけが残ります。せっかく足を運んでくれた人にいかに1対1で向き合えるかが最も重要である、と考えます。

 我々が主催する場合もそうです。終了後、いかに1対1で直接お話できるかが最も重要である、そのための分担も事前に打ち合わせをしておきます。もちろん、最終的な出欠がわかるのは当日の開始後ですから、分担変更はすぐに行い、指示します。
 最近では、会の後、懇親会と称して立食会を用意するところはめっきり減りました。しかし、だからこそ、一方通行ではなく、相互のコミュニケーションがとれるような機会を設けることは効果的だと思うわけです。

 来る12日に、ある会社さんが度々主催する勉強会の中でも年に一度「全国大会」のような会があって、私も久しぶりに参加するのですが、こちらでは必ず事後のパ-ティーだけでなく、懇親会も用意しています。その中から新たな関係が生まれ、長いお付き合いに発展するものだということを私自身も経験しましたのでどうしてもここを基準に考えてしまいます。ちなみにこの会社さんは特許をとったシステムの販売会社ですから、全国営業が仕事。主催する勉強会も多く、そこには色々な会社様がお世話になっています。

 営業は泥臭いイメージがありますが、私はかなり勉強させてもらいました。さすがにここの社長に四次会のあと抱きつかれたときは驚きましたが。

 私は仕事柄、教育関係のある方面から宣伝・紹介を依頼されたりすることがあるのですが、ほとんどが私よりはるかに年上の方達で、「よろしくお願いします。」と言われてしまうと、社交辞令のご返答をしてしまうのですが、そんなもんであの方たちの仕事が成立するわけがなく、効果が低いだろうな、と思ってしまいます。というのもあちらは自分のところの説明しかしない、たとえ1対1であっても、一方通行に変わりないのです。あちらさまにとっても、それでは効果測定もできないでしょうね。教育関係者ならばもう少し意識したほうがいいと思うわけです。

 (ちなみに私は教育者ではありません。教育関係者ではありますが。そこのところを説明するのが面倒なときがあって、「先生」などと呼ばれたとしてもそのままにしてしまっていることはよくあります。しかし、私は先生ではありませんし、そう呼ばれたくありません。)
 
 その中でも紳士で柔らかい物腰の方としばらく色々な話で盛り上がると、「いい人だな。応援したいな。」という思いがふつふつと沸いてくるのを認識することがありますが、圧倒的に少ないものです。残念なことに。業者関係の方とお話ししているほうが楽しい。たくさんの情報を交換できるし、彼らは広く勉強していると感じるからです。少なくとも一方的に自社取り扱い商品を売り込むことはサブで、メインにはしません。私にそう感じさせていません。

 今日はこういった情報をお持ちしました、というスタンスでやってきます。

 今度いらっしゃったお客様には、コーチングとかNLPの話題などをふってみようかと思います。果たして共通の話題になるでしょうか。

 

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